債権回収/売掛金・代金・貸金の請求について
疑問、質問についてわかりやすく解説します。
Q6 動産売買の先取特権
〜担保権を設定しなくても、動産を売買すると当然に
発生する法定担保物権〜
私(A商店)はB商店に商品を卸しています。
先日、商品(動産)をB商店に卸した(売った)のですが、
代金の支払いがありません。
B商店とは担保設定の契約をしていません。
費用と時間がかかる訴訟手続をしないで代金を回収する方法
はありませんか?
A6
当事者間で設定契約をしていなくても当然に発生する担保物権
債務の履行を確保する為の保証を担保といいます。
法律で定められている担保のための権利を担保物権といいます。
物権とは物を直接的排他的に支配する権利です。
つまり、担保物権とは、債務の履行を確保する為に、特定の物に
対して何らかの支配を及ぼすことの出来る権利です。
担保物権とは、債務の履行を確保する為に(特定の物から優先弁済権を
得られることを目的として)特定の物に対して(優先又は劣後の)弁済権を
主張できる権利です。
そして、約定担保物権というのは、当事者間の意思表示によって発生する
担保物権のことで、質権(民法342条〜)と抵当権(民法369条〜)が法定
されています。
法定担保物権というのは、法律の規定により、当事者間で何らかの取り決め
をしていなくても、当然に発生する担保物権です。
留置権(民法295条〜)と先取特権(民法303条〜)が法定されています。
留置権については「Q&A2 商事留置権
」の頁で説明しています。
先取特権とは、特別な債権を有する者が債務者の財産について、他の
債権者に優先して自己の債務の弁済を受けられる権利です。
(優先弁済権と言います)
動産売買の先取特権
動産売買の先取特権とは、動産を売った場合に、その代金及び利息に
ついて、その動産について発生する法定担保物権です。(民法321条)
動産とは、
不動産(土地、土地の定着物)を除いた有体物のことです。
動産売買の先取特権の効力発生要件
効力発生要件とはその権利の効力が発生するための一定の法律効果
を生じる為に要求される事実、事実関係のことです。
動産売買の先取特権は、動産を(代金後払いの約束等で、売る時点で代金
を受領しない場合)売った場合に当然に発生するもので、動産質権のように
占有をしないといけいないとか、何らかの公示方法は不用です。
また、法定担保物権ですから、あらかじめ当事者間で担保物権設定契約を
する必要もありません。
そういう面では、代金が未払いになっている場合の売主の権利を守る物権
であると言えます。
動産売買の先取特権の実行(優先弁済権の行使)
それでは、動産売買の先取特権により、優先弁済権を行使するにはどうする
のでしょう?
AさんがBさんに動産を売った場合にBさんが代金を払ってくれなかった場合、
Bさんの倉庫からBさんに無断でAさんがBさんに売った動産を持ってくる(取り
返す)ことはできません。(窃盗罪等の犯罪になります)
BさんがAさんが売った動産の返還に応じない場合、
先ず、AさんはBさんに渡した動産について「動産競売の申立」をします。
動産に対する執行の申立は、差押えるべき動産の所在地の地域を管轄する
地方裁判所の執行官に対して行います。
上記のように担保物権について優先弁済権を行使することを担保権の実行と
いいます。
担保権の実行とは、担保権に基づいて担保物を換価する等により発生した
対価を債権の弁済に充当することです。
強制執行手続には債務名義(取得するには訴訟手続き等、の費用と時間
のかかる手続を必要とする)が必要ですが、
担保権実行手続は、担保権の
存在を証する書面があれば申立てができます。
動産競売の手続
動産競売が開始されるには、以下の場合となっています
(民事執行法190条)
1、債権者が執行官に対し、当該動産を提出した場合
2、債権者が執行官に対し当該動産の占有者が差押を承諾することを証する
文書を提出した場合
占有者とは自己のためにする意思で物を所持する者をいいます。
債務者が占有している場合、債務者が占有者となり、債務者以外の者が
占有している場合、その者が占有者となります。
3、債権者が動産売買の先取特権を証明する文書(契約書や納品書等)を
執行裁判所に提出し、執行裁判所が許可した場合で、その許可決定書
の謄本を執行官に提出した場合執行官が目的動産を差押えることにより、
動産競売手続が開始されます。
(民事執行法192条、122条)
その後、競売で売却された場合には、債権者はその売却代金から売買代金
とその利息を他の債権者から優先して弁済を受けることが出来ます。
動産売買先取特権の有効性
以上、競売手続について述べましたが、司法書士の実務経験から意見をい
わせてもらうと、動産売買先取特権に基づく動産競売手続きは実際にはあま
り利用されていません。
{動産売買先取特権に基づく物上代位(後述します)は債権回収の手段とし
て良く利用されています}
競売手続にいたるまででも、面倒で時間も費用もかかる手続も必要であり、
競売手続でも動産の場合は(特殊な場合を除いて)競落人(競売で落札す
る人)はいないことがほとんどです。
回収を図るには、債権者自身が自分で競落して、動産を自分の物にして
(売買取引での)損失を補うか、
(自分が競落できない場合・・・期日に競売場所にいけない等の場合は)
第3者に依頼して競落してもらって、配当を受けるかですが、面倒な競売手
続で自己競落したり他人に依頼したり、迂遠な方法で、回収を図っても、売
買取引の損失が100%補われることの無いほうが大きいです。
面倒で時間のかかる以外にも下記の理由もあります。
動産売買先取特権とは、担保物権ですので、特定の物に対して権利を主張
できる物件です。
具体的に言うと、AさんがBさんにボールペンを売ったとします。
動産売買の先取特権の実行として、動産競売を申し立てるに当たり、Aさん
の動産売買の先取特権としては、Aさんが売ったボールペンでないといけま
せん。
Bさんの倉庫にいったところ、Aさんが売ったボールペンと同じ品質のボール
ペンで、Bさんが、他社から購入したボールペンが多数あり、どれがAさんが
売ったものかわからない場合、差押ができません。
また、Bさんにボールペンを売ったのはAさんだけであった場合でも、Aさん
が継続的にBさんにボールペンを卸していて、
○月○日に売ったものについ
ては代金をもらってないのだけど、Bさんの倉庫には他の日時にAさんが卸
した同じ品質のボールペンが多数あり、どれが、○月○日に売ったものかわ
かりません。
(未払いになっているAさんの売ったものがこれだと判明して指定することを
特定と言います)
目的物が車体に固有の番号が刻印されている自動車のようなものであれば、
特定可能ですが、種類物売買の場合には特定することが困難なことが多い
のです。
動産売買の先取特権が実行されるのは、特定が可能で、高価な動産であ
れば、面倒で時間や費用がかかる手続を踏んでも、元がとれる
そういうケースに限定されているんじゃないかと考えます。
動産売買の先取特権が使えない・・のであれば、どうすればいいの?
対策については後述します。
物上代位
(買主が第3者に動産売買先取特権の目的動産を譲渡した場合)
そしてAさんがBさんに売った商品が第3者の手に渡ってしまった場合は
どうなるのでしょう?
例えば、BさんがAさんから買った商品を代金を支払わないいうちに、Cさん
に転売した場合、先取特権を行使することができなくなります。
民法333条
先取特権は、債務者がその目的である動産をその第三取得者
に引き渡した後は、その動産について行使することができない。
この場合の引渡しには「占有改定」による引渡しも含まれるので、動産が
債務者(Bさん)の占有下にあってもBC間の契約が成立していれば
Aさんは
動産売買の先取特権を実行することができないので注意が必要です。
占有改定とは自己の占有物を自分の手元に置いたまま、他者に占有を移転
する占有の形態です。
しかし、先取特権は物上代位性があるので、CさんがBさんに支払う代金に関
して優先弁済をうけることができます。(民法304条)
物上代位とは、担保物権の目的物が売却、滅失、賃貸等により、金銭その他
のものに転化した場合、それらの物の上に効力を及ぼし、優先弁済をうけられ
ることです。
その場合はCさんがBさんに代金を支払う前にその代金請求権(BさんがCさん
に代金を請求できる権利のこと)に差押をしなければなりません。
(民法304条但し書き)
CさんがBさんに代金を支払った後は、先取特権の行使をすることができませ
ん。
先取特権の行使による代金回収はできなくなります。
アウトです。
また、BさんがCさんに無償で譲渡した場合も、差押えるべき代金等がないの
で、Cさんに引き渡してしまったら、物上代位も先取特権の行使もできなくなり
ます。
動産売買先取特権については、動産競売よりも物上代位による代金回収の
ほうが良く利用されています。
動産売買先取特権に基づく物上代位について詳しくは「Q&A8
動産売買先
取特権に基づく物上代位」をご覧ください。
代金後払いになっている場合の担保的効力を設定する方法
動産売買先取特権は、担保設定契約をしなくても、法律上当然に発生する
売主の権利を守る物権ですが、
上記で述べたように、債権回収の手段とし
ての採算性、効率性、迅速性を考えると現実的でない点もあります。
動産質権は債権者の占有が必要で、占有改定では成立しません。
(動産質権、占有改定については、「Q&A4
」の頁で詳しく解説しています。)
売り渡すと言うことは、占有が相手に移ってしまうので、債権者に占有があり
ません。
債権者が占有しないで債務者に占有させて設定できる抵当権は、動産に対し
ては設定できません
(特殊な動産を除く。詳しくは「Q&A4 動産抵当
」をご覧ください)
しかし、以下の方法により、(動産売買先取特権に比較して)簡易迅速に債権
回収を実行することができます。
現実には、以下の方法が「動産売買先取特権」を実行する方法よりも債権回
収の手段として多く利用されています。
所有権留保
所有権留保とは、相手に売り渡した商品の所有権について相手が代金を払う
まで、売主が留保すること、つまり、買主が代金を支払うまでは、所有権は売主
にのこっているということになります。
通常は、商品を売ると所有権は買主に移転しますが、あらかじめ売買当事者
間で契約により、所有権を売主に留保することにより、買主が代金を支払わ
ない場合は、所有権に基づき、売った商品を取り戻すことで、損失を最小限
にできるのです。
所有権留保については、以下の条件が必要です。
売買予定の買主と所有権留保について、契約をする必要があります。
動産売買先取特権のように当然には成立するものではありません。
売買契約に所有権留保の特約を付けるという形が一般的です。
買主が代金を支払わない場合
1、売った商品の特定
所有権留保は、売った物品についての(所有権についての)約束事
ですので、売った物品について、後日取り戻そうとするときに、売った
商品を特定しなければなりません。
特定が必要なことは動産売買の先取特権と同様です。
2、所有権に基づいて返還請求を行使した場合に相手が任意に返還しな
い場合は、相手の承諾を得ずに所有権留保の対象物品を取り戻すこと
は出来ません。
3、返還された所有物については、清算手続きをしなければなりません。
買主が第3者に所有権留保の対象物を譲渡した場合
買主が売主に代金を支払わない状態で一定の要件の下に第3者に譲渡
した場合には、第3者が所有権を取得し、(この法律の定めを即時取得と
いいます。
詳しくは「Q&A5」の頁で解説している 即時取得
をご覧ください。)
売主は、第3者に所有権留保を主張できません。
その場合、買主が第3者に対象物を売った場合で、まだ買主が第3者から
代金を受領していない場合は、買主の代金請求権を(動産売買先取特権に
基づく物上代位により)差押えることにより代金から弁済を受けることができ
ます。(民法304条)
譲渡担保
「譲渡担保」とは担保にしようとする債務者所有物の所有権を債権者に移転し、
履行期日に弁済すれば、債務者に返還するという担保制度です。
譲渡担保は、法令で定められている担保物件ではありませんが、実際上の
必要性から行われていて、判例により有効とされたものです。
詳しくは「Q&A5 譲渡担保」をご覧ください。
譲渡担保の要件動産譲渡担保の対抗要件は、引渡し(占有)です
(民法178条)
占有改定による引渡しについても(判例により)対抗要件として認められ
ます。
{昭和30年6月2日最高裁判決、昭和62年11月10日最高裁判決
(集合動産についての譲渡担保)}
動産譲渡担保は、債務者に担保物を使用収益させていても、第3者に対抗
できるということが(動産質権ではできない)抵当権と同様に債務者に使用
収益させながら、優先弁済権を対抗できるというのが最大のメリットです。
買主が第3者に譲渡担保である動産を譲渡した場合所有権留保の場合と
同様に、第3者が一定の要件の下に「即時取得」できます。即時取得されて
しまうと、第3者に譲渡担保による優先弁済権を主張できません。
代金を売買後に支払う場合のリスクを軽減するには上述のごとく、Aさん
がBさんに動産を売った場合に訴訟手続きを経由しないで代金を回収す
る方法について説明しました。
Aさんが「所有権留保」や「譲渡担保」についての取り決めをBさんとの間で
合意していなかった場合は、「動産売買の先取特権」の実行により、代金を
回収する方法が考えられます。
しかし、動産競売の申立手続には時間と費用がかかり、売り渡した動産の
価額が高価でない場合は費用倒れになる可能性もあります。
よくて、売った商品を取り戻すことができます。
しかし、それでも損失をいくらかでも減少させることはできます。
動産売買先取特権については、動産競売よりも物上代位による代金回収
のほうが良く利用されています。
動産売買先取特権に基づく物上代位については物上代位をご覧ください
詳しくは「Q&A8動産売買先取特権に基づく物上代位
」をご覧ください。
とはいえ、商売している人にとって、時間と費用のロスは痛いものです。
売買取引の前に「所有権留保」や「譲渡担保」についてあらかじめ、相手方
と合意することにより、リスクは軽減されると思われます。