債権回収/売掛金・代金・貸金の請求について
疑問、質問についてわかりやすく解説します。
Q8 動産売買先取特権に基づく物上代位
〜卸した商品が代金未払いのまま第三者に売られた場合〜
私(A商店)はB商店に商品(動産)を継続的に納入しています。
○月○日に納品した商品の代金について支払期日を過ぎても支
払いがなく、催促しても払ってくれません。
そして、Bはその商品を第3者であるCさんに売り渡したということ
を聞きました。
私とB商店とは、担保権設定契約をしておらず、また所有権留保の
取り決めもしていません。
B商店は、差押えるべき資産はありません。
訴訟手続きによらないで代金を回収するのに、良い方法はありますか?
A8
法定担保物権
取引を行う場合、事前に所有権留保や担保権設定契約をしていない場
合でも、一定の法律要件の下で当然に担保物権が成立する法定担保
物権というのがあります。
商品(動産)を販売して代金を後で払ってもらう場合に、「動産売買の先
取特権」という法定担保物権が成立します。(民法321条)
所有権留保
代金を支払うまでは売主が所有権を留保すると言うとりきめのこと
担保物権とは
、債務の履行を確保する為に(特定の物から優先弁済権
を得られることを目的として)特定の物に対して(優先又は劣後の)弁済
権を主張できる権利です。
物上代位
動産売買先取特権は、(代金支払いについての)債務者であるB商店が
第3者に引き渡した後は行使することが出来ません(民法333条)
しかし、第3者であるCさんがB商店に代金を支払うまでは、B商店のC
に対する代金請求権(BがCに代金を払えと請求する権利)を差押えれ
ば、その代金から弁済を受けることができます。
(民法304条 先取特権は、その目的物の売却、賃貸、滅失又は損傷に
よって債務者が受けるべき金銭その他の物に対しても、行使することがで
きる。
ただし、先取特権者は、その払渡し又は引渡しの前に差押えをしなければ
ならない。)
CがB商店に代金を支払ってしまえば、物上代位はできません。
(民法304条但し書き)
このように担保物権の目的物が売却、滅失、賃貸等により、金銭その他
のものに転化した場合、それらの物の上に効力を及ぼし、優先弁済をう
けられることを物上代位
といいます。
動産売買先取特権に基づく債権(代金請求権)の差押
物上代位により弁済をうけるためには、B商店のCに対する代金請求権
という債権を差押えなければいけません。
債権を差押えるには費用と時間をかけて債務名義を取得した上で、債権
執行の申立をすることが原則です。(詳しくは強制執行をご覧ください)
しかし、担保物権が存在している場合には、{適法で有効な債権の存在を
証明して(証明手続きとしては訴訟手続きによる場合が多い)}債務名義
を取得する手続を経なくても、担保物権の存在を証明すれば、担保権の
実行により(訴訟手続きのように費用と時間をかける手続を経ずに)差押
命令を申したてることができます。
約定担保物権であれば、担保権設定契約書を提出することにより、強制
執行手続に準じた担保権実行手続の申立ができます。
法定担保物権である動産売買先取特権の実行による手段としては「動産競
売手続」の申立ができます。
(詳しくは「Q&A6 動産売買先取特権に基づく動産競売」をご覧ください)
本件のケースでは、目的動産が第3者Cの手元に渡っていますから、動産
売買先取特権の行使(実行)はできません。
本件の場合は、物上代位のための差押をすることが可能です。
差押をする前にCがB商店に代金を支払ってしまえば物上代位はできなく
なります。
物上代位のための差押は時間との戦いです。
管轄裁判所
債務者の住所地又は居所の地域(これを普通裁判籍といいます)を管轄
する裁判所が管轄となります。(民事執行法144条1項)
必要な条件
1 担保権の存在を証する書面を提出します。
(民事執行法193条1項)
具体的には下記の書面が必要となります。
売主と買主との間の動産売買の先取特権の売買の事実を証する書面
となります。(契約書、納品書等)
2 そして、買主が第3者に譲渡したことを証明することが必要です。
(買主と第3者との契約書、納品書等を証拠として提出する)
3 第3者(C)が買主(B)に代金を支払っていないこと
4 買主(B)が第3者(C)に売却した動産を特定できること
(特定については後で詳しく説明します)
5 4で特定できた動産がAからBに売却した動産であることの証明
手続の流れ
手続の流れ等については「強制執行」で説明した債権執行手続と原則
同様ですので、
「債権執行」を参考にしてください。
差押にいたるまでのハードル
物上代位のための差押は、申立の際に、証明しなければいけない事項が
あるのですが、この証明が困難なことが多いのです。
まず、売主(A)と買主(B)が売買したことの事実ですが、これは、契約書
や納品書により比較的簡単に証明することができます。
(契約書を作成していればAは保有しているし、納品していれば納品書等
も保有している事が多いわけです。)
ハードルのひとつは、買主(B)と第3者(C)間で転売がされた事実の証明
です。
このBC間の譲渡についての事実の証明はBかCの協力が得られないと困
難なことが多いのです。
Bにしてみれば、Aに代金を支払わないで、Cの代金を受領したい思惑があ
るので、(なのでAが差押をしないといけなくなったわけです)Aに協力したく
ないので、AがBに「BとC間の契約書をください」と言ってもBは応じてくれな
いことが多いでしょう。
BがAに契約書を渡す(Aの差押申立手続に協力する)とCの代金が受領で
きなくなるからです。
また、Cが協力してくれた場合は、BとC間の売却の事実を証する書面を得
られます。
Cとしては、Aに協力をしても、自分に損失が発生するわけではないので、
協力してくれることもありますが、協力してくれない場合もあります。
しかし、Cに対して単純に事実を言っても、協力をしてくれるとは限りません。
交渉力が重要な鍵になります。
事前の予防策
B商店とCさんは、A商店がB商店に売り渡した商品の売買契約を締結した
が、未だ商品を引き渡していない場合(B商店の倉庫にある場合)この時点
ではまだ、法的にCさんが所有権を取得していない
{即時取得の要件の一つは、第3者の占有であり、その占有は占有改定に
よる占有では認められません(判例)}ので、商品に対する譲渡担保の取り
決めをすることは有効です。
即時取得については「Q&A5」の頁で解説している 即時取得をご覧ください。
B商店の倉庫にあるA商店所有の商品に対して、「動産の処分(占有移転)
禁止の仮処分」(処分禁止の仮処分)を申立て、仮処分命令が発令されると、
B商店はこの商品を処分したり、占有を他人に移転することができなくなりま
す。
処分禁止の仮処分とは
金銭債権以外の権利を対象として、将来の(債務名
義による)権利の実行を保全するために現状の維持を命じるものであり、そ
の現状の変更により、債権者の権利の実行が不能又は著しく困難になるお
それがある場合に発令されます(民亊保全法23条1項)
上記保全処分がされると第3者は占有を取得できないので、債権者は有利
に第3者と交渉することが出来ます。
ハードルの2つ目ですが、BからCに売却された商品がAがBに売却した商
品と同一であることを証明しなければいけません。
この証明が非常に困難なケースが少なくありません。
例えばAがBに売った商品が自動車であった場合、自動車は車体に製造番
号等のその車体に特有な番号を刻印しているので、その製造番号をBから
Cに売却された自動車に発見することが出来れば、AがBに売ったものだと
証明できます。
(このようにある条件に合致するものを指定することを特定
といいます)
AがBに売った商品を特定できなければ、担保物権の効力の及ぶ、または
物上代位の効力の及ぶものがどれか不明となるので、担保権の実行や物
上代位の行使はできません。
例えば、AからBに売却した商品が、大手のメーカーが製作した(つまり大量
生産され、どこでも手に入る)固有番号のないボールペンであった場合、Bの
倉庫に搬入された場合、しかもその倉庫にはA以外の業者から仕入れた同
じ種類のボールペンがあったり、若しくはAから仕入れたボールペンが他に
あった場合、そのなかの○月○日搬入されたボールペンについては、Bから
Aに代金が支払われてなく、その(○月○日に搬入されたボールペンの)代金
の請求のために行う物上代位のための差押は、○月○日に搬入されたボー
ルペンであると特定してそれがBからCに売却されたことを証明しなければな
りません。
対象動産が特定できる表示が無い場合は、この証明は非常に困難であり、
この証明ができずに却下される差押の申立が少なくありません。
動産売買先取特権の物上代位の差押が有効に出来る場合
上記で説明したように、
1、第3者(C)の協力が得られた場合で、なおかつ、
2、AからBに売却された動産が特定でき
3、その特定できた動産がBからCに売却されたこと
を証明できる場合でなければ、物上代位のための差押は困難です。
そして、差押できたとしてCがAに(Aが差押えたCがBに払う予定だった)代
金を支払わない場合、取立て訴訟等を提起しなければ弁済を得ることがで
きないため、(現実、Cが協力してくれないと、差押の申立自体できないこと
が多いので、差押が出来た場合というのはCが協力してくれた場合が多い
ので、支払ってくれる場合が多い)更に面倒な手続と時間や費用がかかって
しまいます。
動産売買先取特権に基づく動産競売手続でも申し上げましたが、物上代位
のための差押についても対象動産が高価な動産でないと費用倒れになるし、
特定できない場合だと申立が出来ないので、有効に出来る場合はかなり限
定されると考えます。
他の担保物権の物上代位
動産売買先取特権以外の担保物権についても物上代位することはできます。
(動産売買以外の)先取特権
動産売買先取特権と同様に物上代位できます。(民法304条)
質権
民法350条により認められています。
抵当権
民法372条により認められています。
動産抵当
建設機械 建設機械低当法12条
航空機
航空機低当法8条
自動車
自動車低当法8条
留置権
先取特権と同じく法定担保物権である留置権は物上代位が認められていま
せん。
譲渡担保
平成11年5月17日最高裁判決において認められています。