Bさんの相談
近所で設計の会社を経営しているA会社の社長Bさんが訪ねてきました。
「ちょっとすいません、頼みたいことがあるんですが・・・」
「これはBさん、どうしました?」
「実は、取引先が代金払ってくれないんで困ってるんです」
「それはお困りですね。詳しくお話をお伺いしましょう」
「先月、取引先でうちの会社をよく使ってもらってるC社から発注受けた
ので、受注の設計のデータを引き渡したんですが、支払期日になっても
代金が支払われないんです。
何度か催促をしたんですけど、請負先からの請負代金が支払われたら
払うということで更に期日を引き伸ばして待ってたんです。」
C社の対応状況
「C社は建築会社でしたね。
そうすると施工主か委託会社からの代金をもって、Bさんの代金を支払い
予定してるんですね。」
「えー商売ではよくあることなんで、信用して待ってたんです。
ところが、その期日を過ぎても支払いが無いんで電話したら、
C社の担当者が出て
『今お支払いできない状態です』
『そりゃ困りますよ。こっちだって支払いがあるんだから、E社からの代金
は入ってこなかったんですか?』
『それは入ってきたんだが、うちも資金繰りが苦しくて、E社からの入金は、
従業員の給料に使用する予定なんです』
『うちだって従業員に給料払わなきゃいけないんだから、頼みますよ』
『払わないとは言ってないんで、もうちょっと待ってください』
『もうちょっとっていつですか?』
『また連絡します』
と言うしだいで、その後は担当者が電話に出てくれないんですよ。」
「C社はあぶないんですか?」
「どうかわからないんですが、私以外に売掛金や貸金を払ってもらって
ない事業者は多いようです。」
「わかりました。担当者の言動からもあまり財政状況は良くないようですね。
破産申立されたら、支払をうけることはできなくなりますし、他の債権者も多
いようですから、急いで手続きしましょう」
「C社から設計の依頼を受けたときの契約書はありますか?」
「あります。請求書や見積書もあります」
その後、C社に対して督促をしたが、
C社は担当者が「いつか払うから」の一点張りで拉致があきません。
「C社の態度には正直言って唖然としています。
今までは長い付き合いもあり、今後とも取引が出来ればと思っていました
が、C社の不誠実な態度を考えるとそのような展開も望めません。
やれるだけのことはやってください。」
「わかりました。
それでは法的な手続きに入りましょう。
ただ、C社に最後の督促をしてからにしましょう。
法的措置をせざるをえない旨の文言を記載して、相手が支払ってくれれ
ば時間と費用のかかる法的手続きはしなくて良いですからね。」
「まかせます」
(状況によっては、C社に督促をしないでいきなり仮差押の申立をする場合
もあります。)
その後、内容証明郵便で期限を定めて督促したが期限までに回答は無く
、C社に電話しても「社長と担当者は不在です」の一点張りで、誠意のある
対応はなかった
C社の資産状況
「Bさん C社の資産状況ご存知ですか?
C社の他社に対する売掛金とかC社の預金口座とか、C社所有の不動産
であるとか、・・」
「預金口座とか、はわかりませんが、施主であるE社がC社に対して別の
工事の建築代金を支払うというのはわかってます。
それは確か○○日です。
私も設計の件で、何度かE社と折衝したなかで、E社の担当から聞きました。
そして最近C社が受注しているのは、私の会社が設計した建築工事を除い
てはそれだけのようです。
そして、C社の支払いの額は、E社の建築代金を上回るようです。
だから、この建築代金が他の支払いに充てられたら、うちの代金の支払い
の原資はもうないはずです。」
方針の判断
「それは大変有効な情報です。
そして、そのC社の売掛金を押さえられなかったら、Bさんの売掛金の回収も
かなり厳しい状況であることもわかりました。
早速その売掛金を仮差押する方向で動きましょう。」
仮差押の意義と効果
「しかし、強制執行ってまず裁判から始めるんでしょ。
裁判は終わるまで時間かかるだろうし、間に合わないんじゃない
でしょうか?」
「確かに債務名義がない場合、裁判でBさんの権利を公証してもらって
(債務名義の取得)からでないと強制執行できません。
{債務名義とは
強制執行によって実現されることが予定される請求権の
存在,範囲,債権者,債務者を表示した文書のことで、強制執行申立て
る際に強制執行ができることの根拠を表したものです。}
しかし、裁判やってるうちに債務者の財産が散逸してしまったら裁判やる
意味もなくなるので、債務者の資産を処分させないように一時凍結するこ
とができるんです。
これを仮差押といいますが、有効です。
債務者も口座や売掛金を凍結されたら打撃なので、仮差押をすることに
よって支払ってくるケースも多いんです。」
「それでは、早速やってください」
「仮差押は民亊保全法で『強制執行をすることができなくなるおそれがある
とき、又は強制執行をするのに著しい困難を生ずるおそれがあるときに発
することができる。』と定められています。(民亊保全法20条)
仮差押の要件
今回Bさんから私が聞いた情報では、C社は、財政的にも健全とは言えず、
他の債権者も多いようです。
また他にめぼしい資産はないようです。
よって、今Bさんから聞いた売掛金もいつ他の債権者に差押えられるか、
わからないので、上記の法律の条件を満たしていると言えます。
それでは急いでやりましょう。
仮差押は時間との戦いです」
「仮差押についてはどのような流れになりますか?」
仮差押の管轄裁判所
「仮差押の管轄裁判所は本案の管轄裁判所(相手に売掛金を払えと訴えを
起こしている裁判所又はその予定の裁判所)又は仮に差押えるべきもの
(仮差押の目的物)を管轄する地方裁判所です。
仮差押の目的物とは、例えば不動産に対する仮差押であればその不動産が
所在する場所、債権(売掛金等)に対する仮差押であれば、第3債務者の所
在する普通裁判籍の管轄の地方裁判所になります。
普通裁判籍とは債務者の住所地又は居所の地域のことです
第3債務者とは、Bさんから観て債務者であるC社にとって債務者であるE社の
ことになります
(E社はC社に対して売掛金を支払わなければならない債務者となる)
E社の本社のある○○区を管轄する○○地方裁判所が管轄裁判所となります。
今回、BさんのC社に対する売掛金は140万円以下になりますから、
{請求金額(訴訟の目的物の価格)により管轄があります。
これを事物管轄といいます。
140万円以下であれば簡易裁判所、140万円を越える金額であれば
地方裁判所となる}簡易裁判所に訴えます。
そしてC社のある場所を管轄する地域の裁判所でもBさんの会社がある場所
を管轄する地域の裁判所のどちらでも管轄があります
詳しくは裁判所の管轄をご覧ください
C社もBさんの会社も同じ○○区にあるので、管轄のA簡易裁判所に提訴
する予定です。
簡易裁判所であれば認定司法書士が代理権を有しているので、私が代理人
として訴訟手続きを代理することができます。
また、仮差押を申し立てた場合はたいていその申立て日に裁判官が債権者
(Bさん)と面接をしないといけないのですが、代理人が面接を代理できるので、
面接も私が代理してうけます。
保証金
そして仮差押命令と言うのは債務者の意見も聞かず
(債務者審尋といって債務者の意見を聞く場合もあるが、例外的です。
これは債務者に知られてしまうと債務者が財産を隠匿したり、費消して仮差
押の効力が実質無効になってしまうので、債務者には知らせない状態で行
われる性質のものだからです。)
債務者の財産を仮とはいえ、債債務者の自由に処分させないようにするもの
ですから、債務者に損害を与えることも考えられるので、損害のための保証
金を予め預けることが必要です。
本案の訴訟(C社に対する売掛金請求訴訟)でBさんが敗訴した場合は、C社
に発生した損害を補償する義務がBさんの会社に生じます。
その場合の担保となります。
担保金はA裁判所の場合は1週間以内に提供しなければなりません。
(というように裁判所で異なります。)
現金で供託する方法が一般的です。
(支払保証委託書による支払方法もあります)
供託
供託は法務局(供託所)に供託することになります。」
「仮差押の手続きっていうのは大変だねー」
「そうですね。しかも迅速に行わないといけないので、必要な書面を集めて、
書面を作成しながら、申立て準備をするのは大変です。」
供託とは
供託とは,金銭,有価証券などを国家機関である供託所に提出して,その
管理を委ね,最終的には供託所がその財産をある人に取得させることに
よって,一定の法律上の目的を達成しようとするために設けられている制
度です。
申立
その後、
「先生どうだった?」
裁判所内で申立をしている時にBさんから電話がかかってきました。
「早速A簡易裁判所に仮差押の申立てをしてきました。
面接もその日に終わりました。
供託も終わったので、A簡裁に供託書の写しを提出しました。
後は、仮差押命令が発令されるのを待つだけです。」
(通常、その日のうちに出ることが多いです)
仮差押命令の決定
その後、「Bさん、仮差押命令が出ました」
「やーそりゃ良かった。これで一安心だ。」
「これでE社はC社に代金を支払うことができなくなります。
仮差押申立てと同時にC社に対する訴訟も提起したので、訴訟が長引い
ても弁済させる資産を押さえているので、安心して裁判が出来ます。」
しばらくしてC社から「Bさんの会社に代金を支払うから仮差押を解除して
くれ」と言ってきました。
やはり、経営がおもわしくないC社としては、最近の唯一の大きな収入であ
るE社からの代金も重要だし、取引先を失うことになることも相当な痛
手であったようです。
「いやー、裁判も始まってないのに、支払わせることが出来て嬉しいよ。
先生ありがとう。」
「仮差押の執行により払ってくる債務者も多いのです。
やはり、仮とはいえ、差押うけると収入も途絶えるし、対外信用も失います
からね。対外信用を重要視している企業にとっては痛手となります。」
仮差押による債務者への打撃
金融機関から融資を受けている場合に、その金融機関の口座に仮差押を
かけると、(ほとんどの場合)融資の打ち切りになり、
貸付金の一括請求を
されることになります。
(通常の貸付の取引約定では、「仮差押」が「期限の利益喪失条項」の対象
事由になっています。)
「期限の利益」とは借りた金銭等について、期限が来るまでは、返済しなくと
もよいこと
「期限の利益の喪失」とは、返済期限があったとして、その期限内であっても、
期限の利益を失うことにより、
すぐに返済をしなければならないこと
そして、売掛金に仮差押をかけた場合でも、その取引先(売掛金の支払い
義務者)相手は、
「仮差押されるようなところ今後取引するのは危険だ」とし
て、今後の取引の継続を打ち切ることが多いです。
よって、仮とはいえ差押に近い状態にされることにより、仮差押をされた債務
者は、対外的な信用がほぼ喪失し、
破綻を早めることになったり、破綻する
こともあります。
上記の事情も考慮し、裁判所では、債権(口座や売掛金)の仮差押について
は、発令するかどうかについて
慎重に審理します。
債権以外に差し押さえるものがないか、債権が唯一の資産か、債務者が破綻
する可能性があるのか等
について調べますので、(申立の際に)これらの疎明
資料が必要になってきます。
仮差押について詳しくは「仮差押
」をご覧ください。